【野際陽子・死去】死因の肺腺がんとは~生い立ちと娘・真瀬樹里について~

   

いつまでも若々しく、テキパキと動くイメージの、野際陽子さんの死はショックです・・・

81歳とは思えない美しさを保ちながら、最期まで女優として亡くなられました。

さて、死因の発表などはないものの、肺がんを患っておられましたが、癌の中でも肺がんは大変な苦しさを伴うそうです。

肺がんについてと、野際さんの生い立ちについてもまとめたいと思います。

 

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野際陽子(のぎわようこ)

生年月日:1936年1月24日

没年月日:2017年6月13日(満81歳没)

出 生 地 :石川県北郡津幡町生まれ富山県富山市育ち

職  業:女優

経 歴

立教女学院中学校・高等学校⇒竹喬大学文学部英米文学科卒業。

1958年:NHKアナウンサー部に入局。

1962年:NHKを退職⇒広告代理店へ転職。

1963年:TBSプロデューサーに誘われ女優に転身。

1966年:かねてから念願であったパリへ1年の留学。

1968年:視聴率30%超えのテレビドラマ【キーハンター】に出演し、一世を風靡する。

 

1972年:千葉真一と婚約、翌年に結婚。

 

1975年:長女真瀬樹里を出産。

・・・38歳11ヶ月での初産は当時の芸能人の高齢出産最高齢記録だった!!

1992年:テレビドラマ【ずっとあなたがすきだった】で息子・冬彦を溺愛する姑役で話題となる。

1994年:アメリカに拠点を移す千葉真一と離婚。

 

2014年:早期の肺がんを患う。

・・・ドラマ【花嫁のれん】の撮影を脂汗を流しながら撮影に挑んだそうです。

2015年:肺がんが再発し、腫瘍の摘出手術を受ける。

2017年:テレビドラマ【やすらぎの郷】に出演中だった。

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肺腺がんとは

野際陽子さんは、肺がんが再発し、腫瘍の摘出手術を受けたといいます。

そして今年、2017年5月に体調を崩し入院されていました。

一部報道では痛みを抑えるモルヒネが使用されていたといいます・・・

 

肺腺がんと肺がんの違い

肺がんは、細胞ごとに分けると大まかに3つの肺がんに分かれます。

肺腺がんはその内の1つです。

ですから一般的に、【肺がん】といった場合【肺腺がん】も含まれます。

 

肺がんの60%を占めるといわれている癌で、日本では肺がんの中で一番発生率が高いものです。

男女を比べてみると、男性よりも女性のほうが発生率が高く、しかも年々増加しています。

禁煙率が上がり喫煙者は減っているのに、肺がんの発生率は高くなっている要因とも言えます。

肺の中の、気管支の細い末梢部分に発症することが多く、これを抹消型肺がんと言います。

また、肺の中にある末梢肺野と呼ばれる部分に発症するものを肺野型といい、どちらも肺腺癌です。

 

医者が言う。『肺がんにはなりたくない』

癌の中でも『肺がんでは死にたくない』という医者が多い理由・・・

緩和ケアの技術は進歩し、ほとんどの痛みは取ることができるのですが、今だに『息苦しさ』を取ることだけは出来ないのです。

末期になると肺に水が溜まり、いくら息をすっても呼吸ができず、溺れているような感覚に襲われ、呼吸は浅く、どんどん早くなっていくのだそうです。

苦しさを取ろうと、モルヒネを大量に投与すれば、意識が戻ることなく死に至ってしまうのです・・・

 

野際陽子さんの死が、ここまで壮絶なものでは無かった事を祈ります。

 

娘・真瀬樹里について

こんなにソックリな母娘も珍しいですね(^^)

ロサンゼルスで女優をしていた娘・真瀬樹里は、母が癌になったと気いて、長期滞在予定で、飛んで帰って来ていました。

離婚後は一人暮らしだった野際陽子さんにとっては、とても心強かったでしょうね・・・

 

今回も、きっと側についてくれてたのでしょう。

野際陽子さんの人生を振り返ってみましたが、同じ女性として、羨ましい限りです。

仕事も申し分ない結果を残し、離婚はするものの家族を持ち、それぞれが自立した生活を送っている。

カッコイイ生き方だと思いました。

 

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