【大坂正明容疑者・逮捕】経歴と中核派とは?時効なしで潜伏場所で送る生活とは?

   

【渋谷暴動事件】を起こし、46年にも渡り逃亡生活を送っていた大坂正明容疑者が、ようやく逮捕されました。

私の生まれる前の事件という事もあり、分からないところが多すぎ気になりました。

中核派とは?なぜ時効が無かったのか?46年もの逃亡生活は一体どのようなものだったのか??

昨年、逮捕につながる情報提供者に最高300万円の公的懸賞金を支払うことを決めた事からも、警察の意地を感じる事件でした。

調べます!!

 

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渋谷暴動事件とは

1971年11月14日。今から46年前。

沖縄返還協定に反対した学生たちが米軍基地の撤去を求めて暴徒化しました。

火炎瓶や鉄パイプを持ち、若者達が警察官と激しく衝突。

渋谷の町は火の海となりました。

この事件で、一人の警察官が亡くなっています。

新潟県警から応援として派遣された中村恒雄(なかむらつねお)巡査。

当時、まだ21歳でした・・・

鉄パイプで殴られた後、火炎瓶を投げつけられたと言います。

中村さんを殺害したとして全国に指名手配されたのが大坂正明容疑者です。

大坂正明容疑者は当時大学生で、渋谷暴動事件の中心となった過激派、【中核派】に所属しています。

中核派とは

1957年に結成。

その目的は、【暴力による共産主義革命】。

実現の為、結成以来さまざまなテロ活動を行ってきました。

 

◆1985年:国鉄同時多発ゲリラ事件

・・・都心の交通が麻痺しました。

◆1986年:東京サミット中に『ロケット弾発射』

・・・歓迎式典を狙い、迎賓館に向けて発射。

 

時効がない2つの理由

共犯で捕まっていた奥深山幸男被告が、精神疾患の為、公判が81年から停止となっていたのです!

その為、殺人罪の公訴時効期間だった15年が過ぎた86年になっても大阪容疑者の時効は成立しなかった!

 

その後2010年に法改正が行われ、【殺人罪の時効撤廃】となりました。

 

私は、もしかすると、警察は精神疾患を装い、大坂容疑者逮捕までの時間かせぎをしたのではないかと想像しました。

警察は10年間探し続けたけれど、大阪容疑者の尻尾を全く掴めていなかったのではないか?残り5年で時効が成立してしまう・・・

そこで考えた奥の手だったのかも知れません。

 

共犯の奥深山幸男さんは今年、2017年2月、入院先の病院で亡くなっています。

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大坂正明容疑者逮捕

2017年5月18日逮捕されますが、どこででどのような生活を送っていたのでしょうか?

大坂容疑者は、広島市安佐南区の閑静な住宅街のマンション一室に潜伏していました。

 

警察は別の活動家の捜査の為、中核派がアジトとして使用していたマンションに入った際、潜伏する大坂容疑者を発見。

大坂容疑者は、家宅捜索時に中核派の活動に関する資料の証拠隠滅をはかり、水に溶かそうとして一部が破損!

 

大坂は逃げようとして、捜査員に体当たりをしたため、当初は【公務執行妨害】として現行犯逮捕されます。

警察は3ヶ月の張り込みの末の家宅捜査で、確信を持って乗り込んだようです。

 

正に警察の執念ですね!

 

現在、7日間に渡り、大坂容疑者は黙秘を続けていますが、大坂容疑者の母親とDNA型に【親族関係に矛盾はない】事は分かっています。

大坂容疑者には兄弟がいない為、これから更に詳しい鑑定が行われます。

 

逮捕時の大坂正明容疑者について

白髪頭にメガネをかけ、46年前の手配写真の面影が残っていたといいます。

また、大坂容疑者は左眉の上に傷跡、右目の下に1~2針縫った跡がある為、そういった特徴からも判断されたと思われます。

潜伏場所で送る逃亡生活について

2LDKの部屋には中核派の機関紙や布団、冷蔵庫があり、府警はパソコンや携帯電話など計168点を押収。

一緒に居たのは、有印私文書偽装・同行使などの疑いで逮捕された鈴木哲也容疑者(52)。

 

この部屋から暗号文書が見つかっており、解読した結果、大坂容疑者が別のアジトでかくまわれていたことや、病院で診察を受けさせる計画が判明。

 

警察内でも、生死不明で死んでいるとさえ思われていた46年間

ひっそり息を殺し、逃げ回って生活していたのでしょう。

46年前の自分の行いを反省、後悔しながら・・・

 

これから待ち受ける彼の人生は、より厳しい現実だと思います。

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