【2代目・中村獅童】生い立ちと家族構成~最愛の母への別れの言葉に号泣~

   

中村獅童

中村獅童さんが肺腺癌を患い、連日ニュースで取り沙汰されています。

世襲制と言われる歌舞伎界で、父は早くに歌舞伎界を廃業しているのに復帰を果たした、なかなかの苦労人です。

どのようにして復帰を遂げたのでしょう?

生い立ちと家族などにについてもまとめました。

 

【中村獅童】父親が歌舞伎を廃業し、銀行員になった理由~

 

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中村獅童(なかむらしどう)

生年月日:1972年9月14日

本  名:小川幹弘(おがわみきひろ)

出 身 地 :東京都

所  属:中村獅童事務所(母親が社長)

 

経 歴

日本大学藝術学部演劇学科中退

2013年:京都文教大学客員教授を務める

 

家族構成

父  親:初代・中村獅童

母  親:小川陽子

妻  :小川沙織

 

2代目・中村獅童について

中村獅童は世襲制である歌舞伎界で、師匠なしで復帰しました。

なぜ後ろ盾が無くなったのかはこちらに書いています⏬

【中村獅童】父親が歌舞伎を廃業し、銀行員になった理由~

 

中村獅童

 

自ら志願して歌舞伎の世界へ

母・小川陽子さんは、息子が幼い頃から、多種多様な舞台を鑑賞させ、芸の世界に進むように子育てしていたと思われます。

 

二代目・中村獅童は6歳で日本舞踊を始め、何と自ら歌舞伎役者になりたいと言い出のです!

始めてはみたものの、父は歌舞伎を廃業、師匠不在でのスタートは苦労も多かったはずです。

 

中村獅童の身の回りの世話は全て母・小川陽子さんが一人で担当していました。

 

母の熱心な支えもあり、中村獅童は、8歳で歌舞伎座で初舞台を踏みます。

 

順調に行くと思いきや・・・

 

中学ではロックの世界にはまり(TдT)

 

歌舞伎は開店休業(TдT)

 

19歳で再び歌舞伎に戻る決意ヽ(`Д´)ノ

 

しかし、何の後ろ盾もない歌舞伎界で、中村獅童さんが貰える役は無く、歌舞伎以外のオーディションにも挑戦するのですが、ことごとく落ちます(TдT)

 

そんな中、ようやく掴んだ主役が、映画【ピンポン】★

かなりのインパクトでしたよね(^^)

これにより、日本アカデミー賞・映画新人賞などの新人賞などを受賞し、一躍有名になりました(^^)

 

結婚~子供との別れ~再婚

2005年:『いま、会いにゆきます』で公演した女優・竹内結子と結婚。

既に妊娠中であることも公表され、話題となります。

 

母・小川陽子さんが産まれた長男を獅童の後を継がせ、歌舞伎俳優に育てようとした事で、竹内結子さんと真っ向から対立状態になったと言われています・・・

 

そして、2008年には離婚。

長男の親権は竹内さんが持っています。

 

2011年:早稲田大学卒業、元読者モデルの足立沙織さんと再婚。

 

最愛の母との別れ

ゼロからスタートした歌舞伎の世界を全力で応援してくれた小川陽子さん。

途中ロックバンドに寄り道し・・・

また歌舞伎の世界に戻った息子。

 

中村獅童のわがままとも取れる行動にも寛容に、最後まで応援し身の回りの世話をし続けた母・小川陽子さんとの別れは突然やってきます。

 

2013年12月17日、心不全の為、自宅で亡くなりました。

73歳でした。

自宅の浴槽につかったまま亡くなっているのを関係者により発見されるのです。

 

告別式での中村獅童さんの挨拶は、参列者の涙を誘います。

『中村獅童はおふくろがつくった、小川陽子がつくった最高傑作だったと言われるような役者になれるよう頑張ります。』

 

色々あったこれまでの人生、しかしこれからは病気との戦いとなります。

 

続きましてこの後、

中村獅童を襲う病気の数々について・・・

現在作成中です。

でき次第アップしますm(_ _)m

【中村獅童】父親が歌舞伎を廃業し、銀行員になった理由~

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