城田優の母親【ペピー】の生い立ちが壮絶過ぎて泣ける!父親・城田光男とは誰?

   




俳優としてもアーティストとしても大活躍されている城田優さん。

洗練された顔立ち、高身長、抜群のスタイルで今もなお女性を虜にして止まない城田さんですが、その城田さんの母親はご存じでしょうか。

このお母様、実は並外れた壮絶な人生を送ってこられた女性だったんです!

今回は城田優さんの母としてだけではなく、一人の女性としてペピー・フェルナンデスさんの壮絶すぎる生い立ちを探っていきましょう!

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まずは城田優から!

城田優(しろたゆう)

俳優・アーティスト

190cmの高身長!

甘い顔立ちで人気をはくし、様々なドラマや舞台で活躍中ですね。

 

こんな画像も発見(^^)⏬

男前は幼い時から男前と判明☆

 

そんな城田さんは日本人の父とスペイン人の母を持つハーフ。

端整な顔立ちはスペイン人の血を引いているからだったんですね~

 

城田優の母親ペピーの生い立ちが壮絶すぎ

このスペイン人の母、

ペピー・フェルナンデスさんは1955年にスペインで産まれました。

そして壮絶人生は生まれてわずか8ヶ月から始まります。

 

 

ペピーさんが生まれてわずか約8ヶ月後、ペピーさんのお母さんは自ら井戸に飛び込み自らの命を絶ちました。

残されたペピーさんを育てたのは祖母。

育ててくれる身寄りがいて良かった・・・と思うのも束の間、祖母の性格は相当激しいものでした。

 

お仕置きと称して10本の手の指に針を刺されるなど酷い虐めが続いたそうです・・・

母親が命を絶ったのは祖母のせいかもしれませんね。

 

この様な家から早く自立したかったのでしょう。

ペピーさんは19歳で日本人男性と婚約します。

1度目の結婚

ペピーさんはそれをきっかけに来日。

しかし、結婚相手の父親(義父)から髪の色・目の色が違うことで結婚を反対され手切れ金を渡されてしまいます。

ペピーさん達はその反対を押し切りめでたく結婚し、長男・長女をもうけますが、幸せな結婚生活は7年で破綻し離婚してしまうのです。

 

2度目の結婚

その後ペピーさんは日本のテレビ番組「ルックルックこんにちは」他、多数のローカル番組で活躍します。

そこで出会ったのが放送作家の城田光男さんでした。

 

1984年に城田光男さんと結婚。

次男を出産、翌年には三男をもうけるのですが、この三男が後に俳優で大ブレイクする優さんです(^^)

婚姻関係は続いていましたが、ペピーさんは1989年スペインのバルセロナへ移りバルセロナオリンピックの通訳として活躍します。

その後再来日しますが、1994年に2度目の離婚を迎えてしまうのでした。

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3度目の結婚

3度目の結婚は1997年、ペピーさんが41歳のときでした。

12歳年下の男性と結婚し、挙式7日前で相手の男性が失踪。

なんと逃げられてしまうんです!!!

ちょっとドラマチック過ぎてカッコイイと思ってしまった・・・

さて、それでもペピーさんはくじけませんよ!

 

4度目の結婚

ペピーさん、最後の結婚です。

1999年に4度目の結婚をすると、次女リナさんを出産。

このリナさんですが、城田優さんの妹が可愛すぎる!!!と話題になってますよね☆

確かに桁外れの美人さんです!

 

 

生後まもなく母親が自殺し、育てられた祖母からは虐待される日々。

それでも幸せを掴もうと、4回の結婚に3回の離婚。

とても壮絶すぎるペピーさんの人生ですが、それでも前に進めたのは苦しい中にも3男2女の子ども達という幸せがあったからでしょう。

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ペピー流子育てが素敵すぎる!

5人もの子どもを授かった子沢山のペピーさんですが、そこにはペピーさんならではの子育て術がありました。

 

・学校の成績が悪くても怒らないが、食事を残すと怒る。

・“ママ”ではなく個人名の“ペピー”と呼ぶこと。

 

食育という言葉があるほど、まずは人間食べなければ強く生きていけません。

それを子どもの頃から徹底的に教え込むのは、将来強くたくましく生き抜いて欲しいという願いが込められているのかもしれません。

 

次女リナさんの摂食障害

そんなペピーの思いとは裏腹に、次女のリナさんは摂食障害に悩み苦しんだ時期がありました。

リナさんはもちろん、ペピーさんも辛かったでしょうね・・・

見かねたペピーさんはリナさんを故郷イタリアへと連れて行きます。

ペピーさんはそこでリナさんと共に生活を送りながら野菜中心の食生活『ビーガン』と出会い、摂食障害を克服したのです。

 

愛する娘のため、イタリアへ行く決断をし共に苦しみ努力したペピーさん。

子供達のSOSに全力で支えるペピーさんに心が打たれます。

 

また、5人の子どもたちには“ママ”ではなく“ペピー”と呼ばせているのですが、個人を尊重できる人間に育てたいという意味のようです。

 

ペピーさんの厳しい子育ての甲斐あって、5人の子ども達は学校の先生や警察に怒られるよりペピーに怒られる方が怖かったと振り返るほど 笑

しかし5人全員がそんなペピーさんの厳しい子育てに感謝していると言います。

 

 

どちらも厳しい教訓の中には愛にあふれた子育て術がありました。

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強く厳しく愛にあふれた人

幼い頃の母との別れ、祖母との苦しい生活、3度の離婚。

また、ペピーさんは47歳のころ聴神経腫瘍で右耳の聴力を奪われています。

まさに波瀾万丈の人生と言えるのではないでしょうか。

 

しかし、ペピーさんの人生は決して辛いことばかりではありませんでしたね。

一生懸命仕事をし、沢山恋をし、そして5人もの子供達という宝物に巡り会えたのですから。

 

自分の幸せを掴み取るため常に前進してきました。

そして、子供ができると今度はその子供達へ最大の愛をおくったのです。

辛いことも苦しいことも全てを大切な経験の一つとして受け入れ、くじけず笑顔を絶やさないペピーさんは最高の人間であり、女性であり、母親です。

これからもその明るさで、子供達や周りの人々、そして何よりも自分自身を幸せにしていって欲しいと願います。

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