栗城史多【指と鼻の再生画像】嘘つきと呼ばれた理由~

   

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登山家・栗城史多(くりきのぶかず)さんと言えば、2012年の4度目のエベレストで重度の凍傷を負い、両手指、両足指、そして鼻に深刻な凍傷を負いました。

その後、指の再生を試みインドに渡航。

再生結果は下記の画像で確認下さい。

そんな栗城史多さんが5月21日、エベレスト下山中に御遺体で発見されました。

生前、【嘘つき】と呼ばれた理由なども探りたいと思います。

⇒栗城史多がFacebook・インスタで体調不良の様子が明らかに~

 

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栗城史多(くりきのぶかず)

生年月日:1982年6月9日ー2018年5月21日没

出 身 地 :北海道瀬棚郡今金町

職  業:株式会社たお代表取締役

2011年:よしもとクリエイティブエージェンシーと業務提携。

 

経 歴

高校時代の彼女の趣味が登山だった事が登山家となるきっかけ。

■2008年:『マナスル』を無酸素・単独登頂に成功とするが、ヒマラヤン・データベースと日本山岳会から、共に登頂を認定されていない。

■2009年9月:エベレスト登山(チベット側から)挑戦、敗退。

■2010年9月:エベレスト登山(ネパール側から)挑戦。

・・・8000mに達することが出来ず敗退。

■2011年8月~10月:エベレスト登山(ネパール側から)3度目の挑戦。

・・・7900mに達することなく敗退。

■2012年10月:エベレスト登山(西稜ルートから)4度目の挑戦。

・・・強風により敗退。この時に両手両足鼻に深刻な凍傷を負う。

■2015年:エベレスト登山、5度目敗退。

■2016年:エベレスト登山、6度目敗退。

■2017年:エベレスト登山、7度目敗退。

■2008年:エベレスト登山途中、5月21日キャンプ2において死亡が確認。

・・・熱があり咳が出ていた様子がFacebookで判明。

⇒栗城史多がFacebook・インスタで体調不良の様子が明らかに~

 

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指の再生

さて栗城史多さんといえば、4度目のエベレスト登頂の際、両手指、両足、鼻が深刻な凍傷になったことで有名になりました。

当初は治ると思っており黒くなった自分の鼻を見て『コアラみたいだ』と笑顔をみせていましたね⏬

 

しかしその後、指の痛みと38度の高熱でベッドから動けなくなり、公式サイトの更新が途絶えます。

⇒栗城史多さんの公式サイトはコチラ

手を施しますが、既に手遅れになっており切断を余儀なくされます。

この時には様子は一変。

『死んだ魚のような虚ろな目をしており、かなり気持ちが沈んでいた』

との事です・・・

 

インドで再生治療

しかし栗城史多さんは諦めず、インドで再生治療を試みると発表。

この時、鼻と足は随分良くなっていたようですが、手の指はもう完全に見込みが無いことは素人目でも明らかでした。

脳天気な発言も多く、周囲を驚かせます。

日本と同じく、血管拡張剤と高気圧酸素の治療を受け、本人は少し伸びてきたなどと話していたようですが、効果は得られず、それどころか帰国直前に感染症にかかります。

重度の凍傷は普通8週間で切断手術を行いますが、8週を過ぎても栗城史多さんは手術を行わず、指先は完全にミイラ化していたと言います・・・

⇒ミイラ化画像が見たい方はコチラ:1

⇒ミイラ化画像が見たい方はコチラ:2

 

指が生える

「指が生える魔法の粉」や「アメリカの再生医療」も検討するが断念。

東洋医学や民間療法にまで手を出しますが、万策尽きようやく切断を決断。

結果、両手の指を第2関節から9本失いました。

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栗城史多が嘘つきと呼ばれる理由

栗城史多さんは一部で嘘つきと呼ばれているようです。

一体なぜか・・・その理由についてまとめます。

栗城史多さんは、マスコミに向けて自身の登山活動をこのように発表していました⏬

「日本人初となる世界七大陸最高峰の単独・無酸素登頂に挑戦している」

これが、『うそつき』と呼ばれる理由のようです。

 

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無酸素登頂について

■世界7大陸最高峰において、通常酸素ボンベを使用する必要があるとされるのは標高8000メートルを越えるエベレストのみで、その他の6大陸では元々酸素ボンベを必要としない。

■栗城史多さんんは、1つ下のキャンプにサポート隊が酸素ボンベを用意して待機しており、いざというときは酸素ボンベを持って救助に行ける体制になっていた。

因みに、

エベレストの無酸素登頂を達成した日本人は、1983年の川村晴一以降、2010年までに7名のみ。

 

単独登頂について

さらに『単独登頂』についても、物議を醸しました。

一般的に登山界で言われる『単独登頂』とは・・・

登山の行程の全てを一人で行い、

初登頂者のベースキャンプを基準にしてベースキャンプより上で他者からのサポートを一切受けず、

あらかじめ設営されたキャンプ、固定ロープ、ハシゴ等も使わずに登ること(アルパインスタイル)を指す。

 

1995年、

単独登頂に成功したイギリス人女性アリソン・ハーグリーブスは、固定ロープを使用しないのはもちろん、他の隊員から薦められた紅茶ですら断っていたそうです。

 

しかし、栗城史多さんは・・・

■6大陸最高峰登頂の段階から、他者の設置した固定ロープを使用。

■栗城隊と呼ぶ大規模なサポート隊を編成していた。

■固定ロープ設置などのルート工作やキャンプ設営が行われ、無線により気象情報や行動計画などのサポートを受けて登っていた。

■自力下山が困難になり数回救助されている。

■プロフィールに記載の実績の殆どが登山客に溢れ、必然的に他の登山客に雪を踏み固められたノーマルルートであった事。

■更に、登山に際して現地人ガイド添付が義務付けられているキリマンジャロにおいても『単独登頂を達成した』と発表している。

 

この様な理由から【単独無酸素】の言葉に値しないと否定され、嘘つきと酷評される事になったようです・・・

 

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最後の登山

最後の登山となった2018年5月21日。

この時も【単独無酸素アタック】とされていましたが、

『シェルパ』というネパールの少数民族が4人付き添っていた事が分かっています。

 

おそらく栗城史多さんの単独登山とは、

ベースキャンプから自らの荷物を全て背負い登頂することのみを指しており、『無酸素』の意味も深くは考えていなかったのかも知れません。

 

嘘つきという汚名を払拭するためにエベレストに何度も挑んだのでしょうか。

それともただただ自らの夢を追いかけたのでしょうか。

 

しかし、両手の指を9本失い、何度も死にかけたにも関わらず苦しく険しい山を目指す事は、私の理解を越え苦行でしかありません。

何度も失敗を繰り返してもそこに挑む彼の姿を、私は尊敬に値すると思いました。

栗城史多がFacebook・インスタで体調不良の様子が明らかに~

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