市橋達也~リンゼイ・アン・ホーカーさん事件詳細~内容まとめ~

   

2007年千葉県で、イギリス人英会話講師『リンゼイ・アン・ホーカー』さんが帰らぬ人となってから約11年。

犯人である市橋達也受刑者の逃走劇が注目をあびました。

さらに、逮捕を逃れる為に自らの手で整形を施したことなど、追い詰められた市橋達也の状況などをまとめました。

⇒市橋達也の生い立ち~家族(両親と姉)の現在~

 

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事件の内容

2007年3月、千葉県市川市で事件は起きました。

イギリス人英会話学校の外国人講師リンゼイ・アン・ホーカーさんが帰宅しない事を心配し、同居の女性が警察に通報しました。

警察が付近の防犯カメラを調べると、リンゼイさんと共に市橋達也が映っており、事情を聞くために市橋宅を訪れた事で事件は発覚します。


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リンゼイ・アン・ホーカーさんについて

市橋達也とリンゼイ・アン・ホーカーさんとの接点は一体どこにあったのでしょうか?

リンゼイさんは、英会話学校『NOVA』で先生として働いていたのですが、『NOVA』のプログラムとは関係なく、個人的に市橋受刑者のレッスンを受けていたようです。

■一回、3500円のレッスン

市橋達也は、事件の直前父親から仕送りを停止されていますから、安いレッスン料ではありませんね・・・

 

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時系列

2007年3月25日:午後9時

■英会話レッスンを行うために行徳駅前の喫茶店で待ち合わせをする。

■レッスン終盤、レッスン代金を忘れたと明かし、タクシーで市橋の自宅にお金を取りに行くことになる。

■自宅に入ると押し倒し、結束バンドなどで拘束し暴行。

■浴槽を部屋の和室に置き、リンゼイさんを入れて監禁

■拘束を取るように要求するリンゼイさんに暴力をふるう。

■その後、リンゼイさんの友人が捜査依頼をする。

 

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2007年3月26日

■リンゼイさんが拘束を解き、逃亡しようとした為、頸部を圧迫して窒息させます。

■警察がンゼイさん宅を捜索すると、市橋達也の電話番号とメールアドレスと、リンゼイさんの似顔絵を描いたと思われるメモを発見。

■防犯カメラに市橋とリンゼイさんが共に映っているのを確認。

■警察がリンゼイさんの行方を調べるために市橋達也の自宅を尋ねる。

■午後9時40分。署員数人が部屋に入ろうとすると・・・

⇒市橋は裸足のまま飛び出し、非常階段を駆け下り逃走。

⇒放置自転車や電車を利用して秋葉原まで移動。

⇒東京大学医学不附属病院の障害者用トイレで、人相を帰るために鼻翼(びよく)を左右から縫い縮める手術を自身で行う。

⇒市橋達也の整形手術のまとめはこちら

■午後10時。市橋宅のベランダに置かれた浴槽の内部で衣服をまとわない状態のリンゼイさんが発見される。

※土で完全に埋められた状態だったようです・・・

 

~警察の失態~

この事件において、警察はあり得ないミスを犯しています。

その1:捜索の際、非常階段にも捜査員が配置されていたにも関わらず取り逃がす

その2:逃走後、市橋は何度か近隣住宅の物陰に潜んでおり、捜査員に発見され羽交い締めにされるのですが、再び取り逃がしている。


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2007年3月27日

警察犬を使って捜査をしたところ、東京メトロ行徳駅で臭いを感知する。

しかし臭気が途絶えると共に、市橋が着用していたと見られる靴下が落ちているのが確認されます。

報酬金額は1000万まで引き上げられますが、その後捜査は行き詰まりるのです。

 

2008年10月24日

イギリス【タイムズ】が日本の警察は市橋が自殺したと断定したとする報道をするが、日本はそれを否定。

 

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市橋の逃走経路

■市橋容疑者は埼玉、群馬、茨城など北関東周辺を放浪し、熱海を経て静岡県の駿河湾付近まで南下。

■そして青森県まで北上することを決心するも、1週間ほど野宿した後、去ります。

■その後、大阪市西成区の公共職業安定所を訪れています。

ここには身寄りがなく訳ありの人が職を求めて訪れるので、身を隠すには適当と考えたのでしょうけど、市橋はここでも職にはつかず・・・

■岡山県を経由して四国へ移動。

香川県高松市から徒歩で徳島県~高知県~愛媛県とお遍路を歩き、これは贖罪の意味があったとされています。

しかし、『逮捕されたら晒し者になる』や『指名手配されると自首しても軽減されない』と反省の色はなく、無人島での生活を考え沖縄県オーハ島を選択。

■鹿児島を経由して沖縄にわたる。

■オーハ島での生活は準備不足でわずか1週間で終了。

⇒しかしその後3回訪れており、最長で3ヶ月ほど滞在しています。

⇒図書館でサバイバルの勉強をし、魚、ヘビ、ヤシガニを食べ、野菜を栽培。飲料水は奥武島まで泳いで渡り、1週間分の飲料水をペットボトルに詰め持ち帰るなどして生活をつないでいたようです。

■沖縄でのサバイバルと大阪での建設現場での仕事で生計を保っていたとのこと。

お坊ちゃま育ちとは思えない行動力と生命力に驚きます・・・

 

2009年10月

大阪の建設会社の雇用主が警察に通報。

警察の警備を恐れて神戸からのフェリーで沖縄に移動する過程で職務質問を受けるが、ここでも逃走に成功しています。

 

2009年11月5日

名古屋市内の美容形成外科医院が、美容形成術を行った市橋達也を不審に思い通報。

 

2009年11月10日

結局、神戸市東灘区の六甲船客ターミナルで、沖縄行の船を待つところを逮捕されました。

結局、市橋達也の逃亡生活は2年6ヶ月にも及んだのです。

 

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市橋達也の裁判結果

2012年一連の裁判が終わりました。

【殺人罪・強姦致死罪・死体遺棄罪】

無期懲役の刑が下されました。

市橋達也の両親は全ての裁判を傍聴したそうです。

市橋の両親についての詳細はこちら⏬

⇒市橋達也の生い立ち~家族(両親と姉)の現在~

 

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