大崎事件とは?真犯人は?~知的障害者の自白の信用性・・・

   

2018年3月12日。

39年前に起こった大崎事件(おおさきじけん)は、検察の抗告を棄却し、裁判のやり直しを認める異例の事態となっています。

さて、大崎事件とはいったどの様な事件だったのでしょうか?

真犯人はいるのか?

知的障害の自白の信用性が問われる!

 

スポンサーリンク

事件詳細

事件は1979年10月15日、鹿児島県曽於郡大崎町で起こりました。

大崎町の自宅に併設された『牛小屋堆肥置き場』(たいひおきば)で家主(42)の御遺体が発見されました。

※堆肥とは・・・有機物を微生物によって完全に分解した肥料のこと。

逮捕された人物と動機

■隣に住む被害者の上の兄(52)・・・農業

■上の兄の嫁/被害者の義理の姉・原口アヤ子(52)・・・主犯

■被害者の2番目の兄(50)・・・農業

■2番目の兄の息子/被害者の甥にあたる(25)

 

酒乱の被害者を保険金目的で原口アヤ子さんが夫と、義弟、甥に話を持ちかけ犯行に及んだとして起訴されました。

 

時 系 列

1979年10月15日

事件当日。

被害者が自宅に併設された牛小屋堆肥置き場で発見される。

 

10月18日

被害者の兄と、二番目の兄が『殺人・死体遺棄容疑』で逮捕。

 

10月27日

2番目の兄の息子(甥)を『死体遺棄容疑』で逮捕。

 

10月30日

上の兄の嫁(義理の姉)原口アヤ子さんを逮捕。

主犯として被害者を西洋タオルで締め、牛小屋堆肥置き場に遺棄したとして逮捕されます。

 

1980年3月31日

鹿児島地裁は、主犯である兄嫁・原口アヤ子さんを懲役10年。

上の兄を懲役8年、2番目の兄を懲役8年、甥を懲役1年の判決を下すも、兄嫁のみ即日控訴。

⇒棄却⇒即日控訴⇒1981年1月30日、最高裁が棄却して兄嫁に懲役10年の刑が確定される。

 

1987年4月25日

2番目の兄が他界。

1990年7月17日

原口アヤ子さんが刑期満了で出所。

1993年10月2日

上の兄が他界。

1995年4月19日

兄嫁が鹿児島地裁に再審請求。

1997年9月19日

甥も同地裁に再審請求。⇒2001年5月17日自らの手で生涯に幕を閉じる(享年47)

2001年8月24日

甥の母親(2番目の元妻)が甥の請求を引き継ぎ再審請求。⇒2004年、母親も他界。

 

スポンサーリンク

 

弁護団と検察の言い分

検察側は被害者男性の死因は

『頸部圧迫による窒息死』と認定し、親族の自白を根拠に『タオルによる絞殺』と結論づけました。

原口アヤ子さんが皆に話を持ちかけたと書きましたが、なんと、夫、義弟、甥、3人共に軽い知的障害があったようです・・・

 

義理の妹の自白

義理の妹がこの様に自白していいるのです⏬

『殺してきたと聞いた』

『共謀するところを見た』

しかし、心理学者は『目撃した前後の行動が不自然で、体験してないことを話した可能性が高い』と指摘しています。

 

これいに対して検察側の主張⏬

『心理学者の分析は、一つの可能性を提示するものにとどまる』

 

死因は窒息死ではない

さらに、弁護側は解剖時の写真を分析し

『死斑がなく、窒息死の所見は認められない』

『男性が事件前に近所の側溝で倒れていた事から、自転車事故による出血性ショック死の可能性が高い』

と訴えこれに対して検察の主張はこちら⏬

『出血性ショックの根拠がなく、内容は不合理で信用性に乏しい』

 

スポンサーリンク

 

真犯人はいない

この事件が有罪となった根拠は、知的障害のある夫、義弟、甥の三人の自白だったわけですが、後に『自白を誘導された』と話しています。

知的障害者の供述の信用性が問われますね。

2002年に再審開始を認める決定が出たにも関わらず検察が抗告で取り消され、ようやく今回、認められたのですが、結局事件ではなく事故だったとしたら・・・

一体何人の人生を狂わせたことになるのでしょう?

原口アヤ子さんは現在90歳です。

過ぎ去った時間は戻りませんが、必ず汚名を晴らして頂きたいと思います!

 

スポンサーリンク

 

こちらの記事もオススメです

 - ニュースいろいろ, 事件