【宮崎勤事件】詳細と時系列・鑑定内容と裁判結果~東京・埼玉連続幼女誘拐事件

      2017/10/09

宮崎勤事件、詳細、時系列、鑑定、内容、裁判

【宮崎勤】この名前は一生忘れることはないでしょう。

犯罪史上稀に見る凄惨な事件で、被害にあった幼い子供たちの事を思うと胸が苦しくなります。

あの事件からもう30年も経ち知らない方も増えてるんですね・・・

事件の内容をまとめます。

※読むに絶えないシーンが多々あります。

こちらは内容が分からなくてもご覧頂けます⏬

⇒宮崎勤の生い立ちと家族構成についてはこちら

⇒宮崎勤の家族の現在~父母と妹、親族までが悲惨な結末

宮崎勤事件

1962年8月21日にこの世に誕生した宮崎勤は2008年6月17日、45歳の若さで絞首刑により人生を終えました。

弁護人は死刑回避の為に何度も控訴をしますが全て棄却。

あまりにも残酷で、5人もの幼い命が奪われたのですから回避する事は100%不可能だったでしょう。

最初の事件は宮崎勤が26歳の誕生日を迎えた翌日に行われました。

 

第一の事件

■1988年8月22日

4歳の女児・今野真理ちゃんが誘拐殺害される。

死後硬直で固くなった遺体にわいせつ行為を行うビデオ撮影が行われる。

家族への接触

1989年2月6日。

⇒今野真理ちゃん宅前に置かれたダンボール箱から歯や骨、拡大コピー紙片が見つかる。

書かれていた言葉は『真理 骨 焼 証明 鑑定』

言葉の解明⏬

それぞれの文字をローマ字に置き換えて並べ替えると3パターンの意味が考えられました。

1:【T・MIYASAKI HAKOTSUME IEI OKURU】

【T・宮崎 箱詰め 家に送る】

2:【MITASAKI TSUTOMU HAKONI IRE KIE】

【宮崎勤 箱に入れ 消え】

3:【MIYASAKI TSUTOMU KIREINI HAKOE】

【宮崎勤 綺麗に 箱へ】

※宮崎勤のフルネームが出てくる確率は1兆分の1以下との事で、意図的につくられたと判明

 

⇒2/07:狭山署が『骨は真理ちゃんとは別人のもの』と誤発表。

⇒2/10:それを受け『骨は今野真理ちゃんのものだ』とする(宮崎勤が作り上げた架空の人物)今田勇子の犯行声明文が朝日新聞東京本社に届く。

⇒2/11:同じ犯行声明文が真理ちゃん宅にも届く。

⇒3/11:今田勇子の告白文が届く。

鑑定内容

『よくわかんない』

最後の被告人質問では『急に子供の頃が懐かしくなった』と発言。

 

第二の事件

■1988年10月3日

小学1年生7歳の女児・吉澤正美ちゃんが誘拐殺害される。

こちらはすぐさまわいせつ行為をしたが、この時点ではまだわずかに息があった模様で足がピクピク動いていたと証言。

鑑定内容

『全く覚えていない』『一番印象がない』と応えるも、動機について『何ともいえないスリルがあった』と発言。

 

第三の事件

■1988年12月9日

4歳の女児・難波絵梨香ちゃん誘拐殺害される。

女児が失禁し、焦ったのか被害者を山林に投げ捨てた。

12月15日、女児の全裸遺体が発見。

12月20日、女児の自宅にハガキを送っている。

家族への接触

1988年12月20日

『絵梨香 かぜ せき のど 楽 死』と書かれたハガキが届く

この言葉の解明は⏬

ローマ字に置き換えて並べ替えると【U】が1文字足りないが

IKIKAESASERAREZU KINODOKU】

【生き返させられず 気の毒】

と読めることが判明しています。

鑑定内容

遺体発見後、被害者の父親が『死んでいても見つかって良かった』と発言するのを見て、

第二の被害者・吉澤正美ちゃんの遺体も送る事を計画するが、発見することが出来なかった。

 

第四の事件

■1989年6月6日

5歳女児・野本綾子ちゃんが誘拐殺害される。

指をもぎ、醤油をかけて焼いて食べた。

また、ビニール袋に溜まった血をのんだ。

6月11日にバラバラになった遺体が発見される。

 

逮捕に至った経緯

1989年7月23日、東京都八王子市。

宮崎勤は姉妹に近づき

『写真を撮らせて欲しい』と話しかけます。

姉が危険を察知し、すぐに帰宅して父親に報告。

父親が宮崎の後を追ったところ、車の中で全裸の女児の撮影をしようとしていたのです。

女児の父親が身柄を取り押さえ、通報によって駆けつけた警察に現行犯逮捕されたのです。

その後、宮崎の自供によってこれまでの犯行が明らかとなったのです。

裁判の流れ

■第一審:1997年4月14日

東京地方裁判所で死刑判決。

即日控訴

■控訴審:2001年6月28日

東京高等裁判所で一審支持・控訴棄却。

同年7月10日、上告。

■上告審:2006年1月17日

最高裁判所が弁護側の上告を棄却。

判決訂正を求めたが、2006年2月1日棄却。

■死刑執行:2008年6月17日

東京拘置所で絞首刑により執行される。

最後の言葉は『あのビデオまだ途中なのに』だった・・・

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⇒宮崎勤の家族の現在~父母と妹、親族までが悲惨な結末

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